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2017年8月20日 (日)

ホンズナシ

私の住んでいる岩手県北部(青森県南も同様)では、「ホンズとは」頭の記憶能力、知能を意味している。
  例えば買い物を頼まれて、間違ったものを買ってきた場合などに「ホンズナス!」と言ってしかられたりする。

  「ホンズナス」の”ナス”は、「無し」が訛ったものだ。
それでは「ホンズ」の語源は何であろうか?。
  元々は、京都で使われていた言葉で「本地」である。
  本地とは、「本性・本心・正気」を意味しているようだ。
  「酔いてもほんぢを忘れず」と古典にも登場する。
そう言えば酒を飲んで意識が無いことも「ホンズ」を落とすと使ったりもする。

続 く

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平山三紀

夏は来ると聴きたくなる平山三紀。

「真夏の出来事」は、個人的には「夏」歌では最高傑作と思う。

なんとなく70年代してますね。

このアルバムに収録されている、他の曲もまさしく70年代的です。

友人に預けてある117クーペに乗りたくなりましたね。

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2017年8月19日 (土)

ザ・ピーナッツ

BS放送を見ていたら、ザ・ピーナッツが紹介されてました。

ぎりぎり、リアルタイムで彼女らを知っている世代になりました・

あまりにも偉大過ぎます。

レコードも、たぶんそれなりに所有しています。

昭和を語る上で忘れられません😃

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不思議な文様

浄法寺地方の旧家から、不思議な紋様の丸盆が出てきます。

一般的には、朽木盆と呼ばれるモノです。

なぜか、同じようなモノが滋賀県に残っているようですね。

体系的に調べた資料があれば読んでみたいです。

文様は、菊の花びらのようです。


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陣場台熱球録 6

 記録に残る最初の試合は明治35年(1902)7月の八戸遠征で戦績は不明だが大敗だったらしい。翌明治36年(1903)5月29日には、福中グランドにおいて八戸中学(当時は青森二中)と対戦し2-7で敗れる。

 明治37年(1904)5月には八戸遠征をし、この試合で6-42という大敗を喫した。引率の緒方教諭が責任を取って丸坊主となった。この試合は岩手日報にも、「ベースボール競争 前日曜日、当中学校生徒緒方教諭引率の下に八戸に於いて同校生徒と其技を競いしが遂に30点の敗を取り帰校せり」と書かれている。明治37年(1904)10月には、福中グランドで盛岡中学と青森二中(八戸中学)が練習試合をした記録もある。
 それから2年後の明治39年(1906)にも八戸で試合が行われた。よほど明治37年(1904)に42点取られた試合が悔しかったらしく、猛練習を積んで試合に挑んだ。この際に最初の応援歌が即席でつくられる。メロディーは当時の流行歌「アムール川の流血」から拝借した。試合はまたしても敗戦だった。
 秋田県の強豪大館中学が、岩手県にその相手を求めて遠征することになった。
 明治42年(1909)のことである。この時の大館中学は、当時「全国の三傑」と呼ばれ東北球界では無敵を誇っていた盛岡中学を唯一破ったチームであった。福中にも試合の申し込みがあり、天下の強豪校を迎えるとあって対策を考えた。
 盛岡中学出身で早稲田大学に進んでいた野々村納氏を臨時コーチに招き本格的な練習をして試合に備えることとなった。8月に対戦した大館中学との試合は2-5で敗れたが、天下の強豪校と互角の試合ができたと言うことで選手の自信につながった。

 野々村納氏は、明治37年(1904)から盛岡中学の投手として活躍した人物である。当時、盛岡中学が対戦した八戸中学、大館中学、遠野中学、仙台二中などをことごとく撃破した岩手県球史に残る名選手で、盛岡中学卒業後は早稲田大学に進み遊撃手として活躍した。

 明治43年(1910)8月には早稲田大学二軍が東北・北海道遠征を企てていることを知り、野々村納氏を通して練習試合を申し込んだ。試合は0-14で大敗した。この時には、OBチームの「形水クラブ」も挑戦したが3-8で敗れた。「形水クラブ」は、2日後に行われた盛岡中学の試合では1-19で大敗。それほど当時の盛岡中学は強かった。

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大正時代の器

大正3年に購入したと書かれていた器。
100年経過したんですね。
これでいただく紅茶や珈琲は、きっと美味しいはです。
これまで、何人に使われたんでしょうか。
興味は尽きません。

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にしん蕎麦

北海道の友人からニシン蕎麦の写真が送られてきました。
おいしそうです。
蕎麦づくりの弟子入りしたいですね。

森町 イカ飯

中学生の時に修学旅行で北海道へ。

森町でイカ飯を食べた記憶があります。

ネットで検索したら、森町のイカめしを見つけて購入。

懐かしい味でした。

自宅でも作れそうな感じですが、長年の経験に培われた味には勝てないでしょう。

価格も手頃です。

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2017年8月18日 (金)

牛タン焼き定食

数日前の昼食は久しぶりの外食。

牛タン定食を美味しくいただきました。

塩味、タレ味とも美味かったです。

場所は盛岡市内。

お勧めのお店があれば教えてください。

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「爆発する北国のパワー」

タイトルが、北朝鮮問題のような表現だが、古代東北地方の話。

安部貞任を代表とする「北魁」達は、北国のパワーと文化を背負って大和軍と対決する。
この12年間にわたる戦いは、俗に「前九年の役」と呼ばれる。
今から1000年ほど前の東北地方の話だ。

この12年にわたる戦いは何だったのであろうか。
知る限りではその意味を明確にしたものは無い。
「北の野蛮な奴らを滅ぼした」という説明だけだ。
果たして彼ら安部一族は何者だったのであろうか。
「北国の先住民の王者」という説明も見受けられる。では、その先住民とは何者なのであろう。
間違いないことは、安部の文化とパワーを土台として「平泉」文化ができたということだ。

安部一族の文化的評価も分かれている。平安文化にも優るとも劣らないという説もあれば、猿のように野蛮だという説もある。この不思議な安部一族は、北国の歴史を正しく評価するキーワードでもある。

もしかしたら前九年の役は、北のパワーと南(西)のパワーが衝突したと考えるべきかもしれない。
このパワーは、文化とも言えるし、歴史や風土と置き換えることもできる。
彼らの歴史を、京都の基準で見るからおかしいことになる。

続く

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