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2017年8月 5日 (土)

昭和新山

北海道の観光地として知られる「昭和新山」は、昭和18年暮れにその活動が活発化して誕生しました。
その完成は、昭和20年9月です。
その形成の過程は、アマチュア火山学者・三松正夫の詳細な観察により世に知られることになりました。

明治43年、有珠郡壮瞥村の郵便局長代理として勤務していた三松正夫は、明治新山(四十三山)の形成過程を目にします。
地震の連続、人々の目にはわからないうちに進行する大地の隆起、各火口から噴き出る白煙や黒煙、四方に降る火山灰や泥流の溢出。
その活動は、のどかな生活を一変させる大事件で、三松にとって火山に対する認識と興味、そして不安を感じさせるものでした。

明治新山の形成から程なくして、有珠郡洞爺村に一人の火山学者が現地調査に訪れます。
火山研究の第一人者で北海道大学助教授の田中舘秀三博士でした。
地元では、これを機会に火山に関するお話を伺いたいと願い出たところ、博士は快く引き受けたのでした。
博士が滞在していた三樹亭三橋旅館の広間は、臨時の講演会場に早変わり。
この講演会に三松が参加したことにより、二人の交流が始まります。

三松の回想によると、その噛んで含めるような解りやすい話しぶり、有珠山に関する学問的な説明に深い感銘を受けたととあります。
博士から、「この次に来る時には、参考書を届けてあげるよ。」という思いがけない言葉をかけていただき、その場で、自分勝手に師弟の契りを結んだのでした。
二人の交流は、博士が亡くなる昭和26年まで続きます。

続く

Kikou222

カシオペア歴史研究所

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