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2017年8月17日 (木)

政実の野望

今となっては昔のことである。
400年前の天正年間、関白秀吉の天下に反旗を翻す田舎武将がいた。
名前は九戸政実。
北奥随一の武将である。
事の発端は南部一族の相続問題である。
しかし、いつの間にか天下人の秀吉に対する反抗と言うことになった。
前の年には、小田原の北条氏が豊臣の軍門に降り秀吉に反抗する者は誰も居ないはずなのである。

「気に入らない」というのが政実の気持ちだったのかもしれない。
昨日まで秀吉の名前を知らなかったような者までが秀吉に頭を下げている。
何かがおかしい。九戸党5000人で秀吉軍10万人と対決することを決意する。

天正19年8月25日、九戸対豊臣軍による中世最後の戦が始まった。
豊臣軍は徳川家康、蒲生氏郷、浅野長政など名だたる武将10万人で攻めてきた。
姉帯城、根反城の九戸側の城は奮闘むなしく落城した。


政実は浪打峠(末の松山)を固めた。
秀吉軍は北へ一歩も入ることはできない。
思いもかけなかった展開にあわてた秀吉軍の蒲生氏郷と浅野長政は、それから卑怯な戦法ばかりを使う。
まず、政実の実弟・中野修理を九戸城攻めの先頭に立たせる。
九戸城の包囲には北奥の武将を配置する。
実際に命をかけて戦うのはかつて九戸の仲間だった連中だ。

続く

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