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2018年2月28日 (水)

奥南落穂集にみる浄法寺氏

鎌倉期から二戸郡を治めた領主は浄法寺氏である。

浄法寺氏の祖は桓武平氏秩父流畠山氏、畠山重忠の三男、阿闍梨重慶が祖と伝わっている。

重慶ほかの畠山氏については、二戸浄法寺を始め、秩父地方、能登地方など各地に伝説が残る。

『奥南落穂集』によれば、

畠山庄司次郎重忠三男出家、大夫房阿闍梨重慶、奥州二戸郡浄法寺ニ住シ、 父重忠依讒討死。両兄共殺害ヲ憤リ兵ヲ起スノ企アルヨリ、鎌倉ノ命ニヨリ長沼五郎宗政討手トシ来リ。重慶誅セラレ其の男幼弱、民間ニ潜シ、 後浄法寺太郎重基トイフ。夫々住居シテ近村ヲ従ヒ一家ヲナセリ。 南部守行公ニ応永ノ頃ヨリ従ヒ、軍功アリ。信直公御大、5千石ヲ領シ、 浄法寺修理重安、九戸攻ニ功アリ、帯刀ト改ム。

とある。

畠山重忠の三男重慶が出家し、奥州二戸郡に住んでいた。
父重忠が非業の死を遂げたので、敵討ちをしようとしたが、鎌倉からの刺客ににより討たれた。
重慶も子は幼いので、民間に隠れ、成長後は浄法寺太郎重基と名乗った。
代々浄法寺に居住し、応永年間に年間に南部守行に従い軍功があった。
南部信直の頃には、五千石を領し浄法寺修理重安となのる。
九戸責めに功績があり、帯刀と改めた。

南部氏の客将として、五奉行に数えられていたが、九戸一揆の数年後に領地が没収されるのであった。
しかし、当時の南部藩にとっては大事件だったはずの浄法寺一族の領地没収は、なぜか詳しい資料が残っていない。

不思議である。

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