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2018年4月19日 (木)

久しぶりに漆のこと

地元の伝承によれば、浄法寺塗の起源は天台寺の僧侶が自家製の什器を作ったことに始まるとされています。天台寺には神亀5年(728)に聖武天皇が宸筆の「天台寺」寺号を授けて開山させたという「木製黒漆塗金箔押」の寺号額が残されています。

また鎌倉期と推定される舞楽面が伝わり、長胴太鼓は元中9年(1392)に最初の修理が行われていることから鎌倉期のものであることは確実で、外装が弁柄漆で塗装されています。少なくても鎌倉期には地元の漆を使った漆器が製作されていると考えられるのです。

現在残されている「浄法寺」と思われる古漆器は、確実に室町期に遡ることができます。室町末期から江戸初期には確実に全国に知られていました。たとえば、江戸初期にも尾張徳川家で南部藩(盛岡藩)に箔椀の発注をしていることなどが記録に残っています。  

南部藩は「漆」関連の産業を藩の統制品として、自由に作ることを認めなかったために加賀の輪島などのように栄えることはありませんでした。質素な飾り気のない漆器を浄法寺で作り、箔椀の箔を貼る作業は盛岡で行っていたようです。そうした中で、浄法寺の塗師たちは稚拙と表現される独特の「浄法寺漆絵」を描くようになりました。骨董の世界では「浄法寺もの」として珍重されている品々です。

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骨董 浄法寺モノ

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