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2018年8月 3日 (金)

てうち


「てうち」という言葉を辞書で引きますと「そば・うどんなどを機械にかけずに手で打って作ること」と書いてあります。そんなの当りまえ常識だよと言ってしまえば確かにそうなのですが、言葉というものは時代とともに意味が変わっていくものです。

そばを打つのに使う製麺機は明治時代に発明されました。ですから製麺機発明以前に手打そばというものがあったとしたら「機械にかけずに手で打って作ること」は意味がないことにならないでしょうか?だってそもそも機械が無いのですから、すべてのそばが手打ちということになり、わざわざ手打ちという意味が無いですよね。

じつは、「手打ち」という言葉は製麺機が発明される何百年も前からあったのです。

■ 江戸時代に手打ちという言葉が何を意味していたのか?

江戸時代に「手打ち」という言葉が何を意味していたのでしょうか。江戸時代の言葉ですから、江戸時代の言葉を解説した辞書を見るべきと思い、『江戸語辞典』(東京堂出版)を見てみました。すると・・
 [手打蕎麦]
 手を下して作った蕎麦

とありました。江戸時代ですから、さすがに機械がどうのこうのという説明はありませんね。しかし、手を下すって誰が?手を下すってどういうこと?と疑問がわきませんか。

■ お手討ちそば?

『蕎麦と江戸文化』(笠井俊弥)という本には「手打ち」の語源として手討ち説をあげています。

手討ちというのは、殿様が、「無礼者じゃ、切り捨てぃ!」と家来に命じるのではなくて、「無礼者そこへなおれ!」と自分で刀を抜いてみずから手を下すことです。

そこから、お侍さんが刀ならぬ包丁を持って、みずから蕎麦を打つことを、しゃれで手打ち蕎麦といったようです。

江戸時代の川柳で「手打ちそば下女前垂れを借りられる」というのがあります。おさむらいさんが、いまから蕎麦を打つからといって下女の前垂れ(エプロン)を持って行ってしまったといった、というような様子を詠んだものなのでしょうね。落語の『そばの殿様』みたいなことは本当にあったようです。

今でいえばサラリーマンが趣味でそば打ちをするようなものですが、武士の趣味であるがゆえに手打ちという言葉には高尚な雰囲気がありました。「手打ち」を看板にするそば屋も現れますが、これには、ウチのそばは屋台なんかの二八そばとは違う高尚なそばなんだよ、っていう差別化戦略があったようです。

ちなみに、現代では「手打ち」の反対語は「機械打ち」ですが、江戸時代には「手打ち」の反対語は「二八」でした。

参考資料 : 
蕎麦の事典(新島繁著 柴田書店) 
蕎麦と江戸文化(笠井俊彌著 雄山閣出版)
江戸語辞典(東京堂出版)


https://youtu.be/F24AvHWnpmY


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