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2018年11月

2018年11月30日 (金)

木製漆塗りのコースター

木製漆塗りのコースターです。

若手塗師の作品です。

応援の意味でヤフオク出品

下手ウマで、浄法寺の漆絵に通じます。

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2018年11月29日 (木)

湯桶の謎

蕎麦湯を入れる湯桶は、蕎麦屋になくてはならない道具の一つである。

塗り物(本物かどうかは別にして)と陶器(土瓶)に大別されるが、陶器が普及するのは大正から昭和にかけての頃で、本来湯桶というのは塗り物だったという。

つまり土瓶は代用品だったわけだ。

外側は朱色か黒塗りだが、内側は朱塗りが一般的である。

塗り物の湯桶には円形の丸湯桶と角型の角湯桶とがある。

好みにもよるだろうが、色合いも温かく映える塗り物の湯桶から注いで飲む蕎麦湯の味は格別、という人も少なくない。

そばを食べ始めた後に蕎麦湯を飲む習慣が江戸で広まり始めたのは、寛延(1748~51)頃の江戸時代中期以降とされるが、蕎麦屋が蕎麦湯いれとして湯桶を使い始めた年代ははっきりしていない。

蕎麦湯を飲むことについては書かれていても、蕎麦湯をどんな容器に入れて出したかについて記した資料は無いようである。

幕末の頃の風俗の記録である「守貞謾稿」を見ても、蕎麦屋のもりそば1式の道具として蒸籠、猪口。だし汁入れ、箸、薬味皿、盆と図入りで説明しているものの、どうしたことか湯桶と蕎麦湯については全く触れられていない。

道具類に関して、かなり細かく描写している同書がなぜ湯桶を取り上げなかったのか。

ちょっと解せないところではある。

湯桶はもともと上流階級の婦人が化粧用の湯次として用いていたもので、江戸時代には酒器にも使われていたという。

また茶懐石では最後に一口残しておいた飯椀のご飯を、香の物で湯漬けにするか。

このとき焦がし湯を入れて持ち出すのにも湯桶が転用されている。

いずれにしろ湯桶は、本来蕎麦湯専用の容器ではなかったようで、問題はいつ頃から蕎麦屋で転用されるようになったかである。

ところで、江戸時代までの湯桶は曲げ物、つまり丸型で、角湯桶が登場したのは明治になってからともいわれるが、以降は角型の湯桶が代表的な形になった。

この角湯桶はよく知られるように、口が正面についてなく、横のほうに突き出た格好になっている。

そこから、人が話しをしている最中に口出しすることを「蕎麦屋の湯桶」と呼ぶようになったという。

この諺が広まりだしたのは角湯桶が普及した明治以降のことということになる。

ちなみに湯桶を「ゆとう」と読む類いを「湯桶読み」という。

漢字二字で出来ている熟語の上の字を訓で読み、下の字を音で読むことである。

普通の熟語は音読み、訓読みだけで統一して読むものだが、湯桶の場合は「とうとう」とも「ゆおけ」とも読まない。

反対に上を訓読み、下を音読みする場合は「重箱読み」という。

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2018年11月28日 (水)

爺ちゃんから聞いた話

秋から初冬にかけて集められた漆の実は、果肉と種子に分けられる。蠟分が含まれるのは果肉の部分である。これをさらに搗いて粉状にして蒸す。

蒸し上がったら蝋袋に詰める。蝋袋は竹で編んだ籠状のものである。二戸地方では竹製の籠だが、会津地方では麻袋がつかわれた。

約四〇センチ角に長さ約三メートルの胴木が蝋締めの中心になる道具である。中央部に長方形の穴が開いている。この穴の上に蝋袋を置き、安定させるために蝋袋の両側にコマを配し挟む。さらにコマの外側にヤ(クサビともいう)を差し込む。胴木の両端に若者が立ち、重さ二〇キロもある木槌を振り上げてこのヤを打ち込むと、その圧力により蝋袋の漆の実の粉から蝋が絞り出される。胴木の下に箱を置いてこれを受け、しばらくすると箱の中で蝋は冷え固まりとなる。

現在、岩手県北で実際に蝋燭を作っていたという明確な証拠は残っていない。蝋燭そのものは浄法寺町の旧家から見つかったものが浄法寺町立歴史民俗資料館に展示されている。二戸市の黒沢家には「御用御蝋燭屋 伊勢屋助右エ門」という看板が残る。また、一戸町には蝋燭屋という屋号の戸田家がある。ここには蝋燭作りの道具が数点残っていたから、蝋燭屋は販売よりも蝋燭製造から出た屋号でると思われる。

戸田家の蝋燭販売圏は岩手県北から青森県南だったという。これ以外には今のところ、道具の一部を伝えている家が数軒あるのみである。この地方で蝋燭作りはそれ程盛んに行われていたような形跡がない。

一戸町の田村家に嘉永二(一八四九)年に盛岡藩が出した胴木の鑑札が残っている。蝋燭作りはあまり盛んではなかったが、蝋締めは盛んだったと思われる。蝋燭に加工して売り出すのではなく、蝋を固まりを出荷したのであった。

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2018年11月27日 (火)

アバ

漆の木で作った漁具を「アバ」と言います。

スウェーデンのポップスグループじゃありませんよ。(わかるかな~~)


漆の木は軽くて浮力が強いことから、かつては漁具(浮き)として使われました。

浄法寺地方では、その「アバ」作りで栄えたものです。

子供の頃は作りかけの「アバ」が農家の納屋に残っていたモノでしたが、今は全く見かけません。

東日本大震災で、追い打ちをかけるように流されたものと推測です。

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2018年11月26日 (月)

レコード針

数年ぶりにレコード針の交換を考えてます。

MMとMC型がありましたね。

どう違うんだっけ?

2年前の後遺症で細かい作業は気を使いますね。

体調と相談しながら交換します。

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2018年11月25日 (日)

ガソリンアレイ

名曲ガソリンアレイ収録。

視聴しましたが当方の機器では問題なく聴けました。

やっぱりアナログは良いですね。

1942年1月27日、石川県生まれ。

女性シンガー。

68年に新宿のアンダーグラウンド・シアター“蠍座”に出演。寺山修司の演出によるこの舞台で歌ったことがきっかけで、70年にアルバム『浅川マキの世界』を発表。ジャズをベースにしたアンダーグラウンドのアンニュイな匂いを漂わすポップ・センスで、今日までアルバムをコンスタントに発表し続けている。

つのだ☆ひろ、坂本龍一、高中正義、山下洋輔、近藤等則など、数多くの大物がバック・アップしている。2010年1月17日、急性心不全により67歳で死去。

https://blogs.yahoo.co.jp/michinokumeet

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2018年11月24日 (土)

塗り箸 瀬戸内寂聴

浄法寺町の天台寺と言えば瀬戸内寂聴尼。

かわいらしいキャラクターの塗り箸です。

ヤフオク出品中。

在庫限りです。

ぜひお使い下さい。

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d324705672

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菓子鉢

漆の里浄法寺の若手塗師の作品です。

外側は木目を生かし、内側は黒漆で仕上げています。

大きさは径140ミリ、高さ50ミリです。

最後の1個となりました。

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/q251459959

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岩舘隆 岩手、浄法寺 浄法寺椀朱

価格:7,020円
(2018/11/23 14:21時点)
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漆塗り弁当箱

漆塗りの弁当箱。

ゴミ問題が叫ばれる昨今、何度でも使える弁当箱が良いですね。

昼食が豊かになりそうです。

江戸時代の弁当箱を収集していまsが、塗りなおせば今でも新品になります。

塗りなおしたら紹介します。

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auctionp635543357/

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2018年11月23日 (金)

塗り直し依頼

古椀の塗り直しを依頼されました。

送られてきた椀は堂々とした素晴らしいものでした。

布着せもしてあり、今回の修理を終えれば100年後にも使えそうです。

大きさも5寸、漆も良い漆を使っています。

修理完了は春になりそうです。

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2018年11月22日 (木)

安比川流域の漆

 田中庄一氏によれば、戦国時代に近江の君ヶ畑系の木地挽きが浄法寺にら来住し、浄法寺氏に仕えて多彩な椀を作った。しかし、慶長3年(1803)には浄法寺氏は南部利直によって取りつぶされ、領地没収となったのだが、浄法寺湾の製作は中断しなかった。南部氏が盛岡に築城してから幕末までの約300年間、椀作りを浄法寺通りに命じていたという。

 浄法寺椀の原木には、ケヤキ・ホオ・トチ・ヤマグワ・ハン。ブナ・ヒノキなどが用いられた。

 東北本線の好摩駅から花輪線に乗り換えると、七番目の駅が赤坂田である。ここで南部藩御用の椀木地が作られた。さらに二つ目の駅が荒屋新町で、ここから福岡町まで安比側沿いに鹿角街道続いており、浅沢は昔から椀の産地として知られていた。さらに北西に進むと浄法寺町に出るるのだが、このあたりはかつて浄法寺通りと呼ばれ、ここから産する箔椀(薄椀)は御留物(御禁制)として他領への流出をきびしく差し止められていた。

 たとえば正保二年(1624)六月二十日付の文書に、箔椀とその木地は、先年から御留物になっているから、もしわき道をかくれ通って他領に持ち出そうする者があった時、その者をとらえて差し出せば褒美を下さるであろう、という通達が残されている。したがってこれは、十七世紀中頃以前から浄法寺箔椀の評判が他領でも高く、ひそかに持ち出される場合が多かったという証拠になるであろう。

 秀衡椀の産地については諸説があり、まだ明らかにされていないようであるが、秀衡椀とは古い時代に浄法寺通りで産した椀のことであり、古式箔椀とも呼ばれていると、田中氏は述べている。

 また、浄法寺椀といわれているものには二通りあり、一つは江戸時代初期の古文書に出てくる三ツ椀、四ツ椀である。これらは三ツ重ね椀、四ツ重ね椀ともいわれ、ゴキと呼ばれた庶民用の塗り物であった。

 他の一つは、箔椀と称されたもので、南部家の定紋が入っており、浄法寺通りから盛岡城へ献上される以外は、製作、使用、販売は一切許されぬ禁制品であったという。


http://www.airinjuku.com/joboji/joboji-hidehira/rekishi012.html

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https://www.youtube.com/watch?v=iI2puYOqgTA

2018年11月21日 (水)

LP レコード 世界に捧ぐ クイーン QUEEN

レコード整理はじめました。

クイーンんのレコード、ジャケットが素敵ですが、複数枚あるのでヤフオク出品。

嫁ぎ先が決まりました。

思ったより人気がありました。

飾っているだけでカッコよいジャケットですね。

芸術品です。

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2018年11月20日 (火)

矢羽根で南部美人

久しぶりにヤフオクで買い物。

お気に入りの器で南部美人をいただきました。

大きさも程よく、蕎麦猪口よりも酒器として使うことが多いと思います。

真円ではなく、微妙に歪な作りが好きです。

100個集まったら小さな展示館でも作りたいですね。

https://blogs.yahoo.co.jp/michinoku2005

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感想(63件)

2018年11月19日 (月)

漆蠟 その2

江戸期の盛岡藩内では漆蝋が生産され、藩にとっても貴重な産物の一つであったことはよくわかる。

しかし、集めた漆の実をどこで、どのように絞って蝋を作り、これを原料にして何を、どれくらい作ったのかなどはまだ解明されていないことも多い。

史料には、盛岡城下に住んでいた藩お抱え蝋燭師の名前も記録に残っている。

おそらく漆蝋を原料に蝋燭が作られ、城内や武家屋敷での照明として用いられたと思われる。

このほかに祭礼や祈願などの際、藩内の主な社寺への奉納物としても蝋燭は珍重されていた。

明治10(1877)年に来日し、大森貝塚の発見者としても有名なアメリカの動物学者エドワード・S・モースは、日本滞在中に各地を旅行しその記録を『日本その日その日』(平凡社、東洋文庫)として残した。

彼は明治11(1878)年8月20日頃に現在の二戸市福岡を通過するが、そのときの印象を次のように書きしるしている。

一軒の家の前を通った時、木の槌を叩く大きな音が私の注意を引いた。この家の人々は、ヌルデの一種の種子から取得する、植物蝋をつくりつつあった。この蝋で日本人は蝋燭をつくり、また弾薬筒製造のため、米国へ何トンと輸出する。

(中略)

ここ北日本でも同国の他の地方と同じように、この蝋をつくる。先ず種子を集め、反槌で粉末にし、それを竈に入れて熱し、竹の小割板でつくった丈夫な袋に入れ、この袋を巨大な材木にある四角い穴の中に置く。次に袋の両側に楔を入れ、二人の男が柄の長い槌を力まかせに振って楔を打ち込んで、袋から液体蝋をしぼり出す。すると蝋は穴の下の桶に流れこむこと、

岩手県北地方での本格的な漆蝋生産は大正末期までだったらしい。

水力発電所ができて新しい照明の時代になったこと、西洋ローソクの普及が衰退の理由である。

江戸期の浄法寺では、この和蝋燭の炎で漆器に文様を付ける技法があった。この技法は、西洋蝋燭だと上手くいかないらしい。

蛇足ではあるが、エドワード・S・モースが日本滞在中に住んでいた家の数件隣に、若き日の田中舘愛橘が住んでいた。

もしかしたら、エドワード・S・モースの東北旅行も、愛橘博士の影響があったのかもしれない。

https://blogs.yahoo.co.jp/michinoku2005

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2018年11月18日 (日)

たかの井

長野の知り合いから酒が届きました。

ヤフオクで落札した矢羽根文様の蕎麦猪口でいただきました。

三日間で四合瓶が空になりました。

肴を野沢菜でいただきました。

ラベルコレクターとしては、酒のラベルのうれしいです。

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2018年11月17日 (土)

義憤の大作 時の傑

徳川幕府の末期になると北辺事情が急を告げます。
ロシア人が開国を求めて蝦夷地にやってきたのです。
文化4年(1807)には、幕府はエゾ地を全部直割として南部津軽両藩に警備を命じます。
その後ロシア人が再び来襲して、容易ではない事態に発展しました。
幕府は秋田・庄内藩からも出兵させ、続いて仙台藩にも加勢を命じ、奥州の諸藩が出動することになって泰平二百年の夢は破られたのでした。

幕府の対応は困惑そのものでした。
切迫した外国との接触、幕府の乏しい実力を目の前に、日本人の胸に国家という意識が湧き始め、学問として研究されていた国学や皇学も、このような事態に直面して国家意識を目覚めさせる重要な要素となりました。

そんな時代背景の中で、カシオペアの大地に現れたのが下斗米将真です。
彼は、江戸に出て平山行蔵に入門。平山門下で兵法武術を学び、文武とも頭角を現して門人四傑の一人となり、師範代まで務めるようになった。
平山行蔵は、江戸時代後期の幕臣で兵法家。剣術流派として講武実用流を称した。間宮林蔵、近藤重蔵とともに「文政の三蔵」と呼ばれる人物です。

将真は、父が病気と聞いて帰郷し、1818年(文政元年)に郷里福岡の自宅に私塾兵聖閣(へいせいかく)を開設します。
同塾では武家や町人の子弟の教育にあたりました。
同年10月に同塾は近郷の金田一に移転します。
兵聖閣は、すべて門弟たちの手によって建設され、講堂、演武場、書院、勝手、物置、厩、馬場、水練場などを備えていました。
門弟は200人をこえ、数十人が兵聖閣に起居していたそうです。その教育は質実剛健を重んじ、真冬でも火を用いずに兵書を講じました。

当時、北方警備の必要が叫ばれ始めていましたが、
将真も門弟に「わが国の百年の憂いをなすものは露国なり。有事のときは志願して北海の警備にあたり、身命を国家にささげなければならない」と諭していたと伝えられています。この思想は、師匠の平山行蔵の影響と考えられます。

将真が「相馬大作事件」で福岡を去った後、門弟たちで彼の精神が受け継がれます。その中心人物が田中舘彦右衛門でした。

相馬大作は書き残したい人物です。

人生の締めくくりとして執筆に入ります。

何年かかるんでしょうかね。今では電子書籍での出版と言う方法もあります。

がんばります。

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2018年11月16日 (金)

浄法寺平椀 

100年以上前に作られた平椀が出てきました。

触っただけで上質の漆を使っているのが判ります。

瀬戸内寂聴尼は、抹茶椀として使っていました。

手触りも口当たりも良さそうです。

工夫次第で面白い器になりそうです。

今日から、乾拭き器を育てます。

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n306220602

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昭和のビデオデッキカタログ

昭和のカタログです。

約40年前のカタログです。

高校生の初任給では変えませんでしたね

資料にいかがでしょうか。

昭和56年7月版です。

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2018年11月15日 (木)

矢羽蕎麦猪口

矢羽の蕎麦猪口を落札しました。

なぜか矢羽文様が好きなんです。

少しずつ集めています。

漆塗りの盆に乗せると風情を感じます。

海外でも人気があるようです。

到着が楽しみです。

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時代を経た椀

100年は経過した椀。

塗りなおして1年以上乾燥させていました。

風合いが良くなったのでヤフオク出品。

この度、関東方面に嫁ぎます。

形も色合いも素敵で、100年後にも使ってほしい一品でした。

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2018年11月14日 (水)

矢羽文様

なぜか矢羽文様が好きです。

ヤフオクでお買い得品だったので落札しました。

到着したら、まずお気に入りの酒をいただきます。

骨董に先生から、なんでも100個集めれば、その道の第一人者と言われました。

目標にしたいと思います。


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2018年11月13日 (火)

写真整理

数年前の写真整理していたら、昨年夏に急逝した恩人の画像が出てきました。

田中舘愛橘博士の研究者でもありました。

郷土史でもいろいろとお世話になったものです。

彼個人の足跡をまとめても、地域の歴史遺産になりそうです。

個人的にも、今書き残せるものはすぐにでも実行しなければなりませんね。

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2018年11月12日 (月)

片口が海を渡る

かつては冠婚葬祭の酒席で使われた片口。

生活様式の変化で、近年は使われなくなりました。

でも、使ってみると意外に便利なんです。

そんな片口が海を渡って北海道へ嫁ぎます。

どのように使われるか楽しみです。

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2018年11月11日 (日)

若手の作 小鉢好評

若手の作品が意外に好評です。

木目を生かした製品に仕上がりました。

縁が擦れてきたら、漆で補修すれば何度でも使えます。

器としては、修理する毎に強くなります。

技術の伝承の意味で、補修大歓迎です。

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三ッ椀が嫁ぐ

旧家で使われていた三ツ椀です。

このままでも実用可能です。

手引きろくろの温もりが伝わります。

この種のモノはなかなか出回らなくなりました。

この度、江戸方面に嫁ぎます。

実用で使って欲しいと思います。

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2018年11月10日 (土)

宝の持ち腐れ

北海道の知り合いからいただいたコーヒーミル。

使うこともなく数年が過ぎました。

このままでは宝の持ち腐れです。

どうにかして使いたいですが、便利さに慣れた身では・・・・。

豆を挽くという行為も楽しんでの珈琲ですかね。


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2018年11月 9日 (金)

漆蝋の歴史 その1

岩手県北部は国産漆の産地として知られている。現在でも国産漆の大半を産出する地域である。

漆の産出が多いということは、当然ながら漆の木が多いということでもある。

明治以降は、越前地方からから出稼ぎに来た漆掻き職人が「殺し掻き」という新しい技法をもたらした。

それ以前は「養生掻き」という掻き方をしており、漆液は数年に一度の割りで少しずつ採取する方法が主流であった。

それは漆の実をたくさん採るためで、漆蝋の原料確保のためであった。

江戸期には、今の岩手県から青森県東部にかけては盛岡藩の領地であった。

その家老日誌である『雑書』(盛岡市中央公民館刊行中)によると、藩には複数の「漆掻奉行」が置かれ、秋になると担当地域内から漆液と漆の実を集めたことが記されている。

正保二(1645)年に盛岡藩が秋田藩との境にある沢内通の番所へ出した命令である「沢内通御留物之事」では、「蝋漆あぶら/箔椀・同木地」などを他藩へ勝手に持ち出すことを禁じ、違反者を捕まえたなら褒美を出すとしている。

同じような命令は、それ以後も各地の番所にも出さ、「蝋」が除外されることはなかった。

正保三(1646)年には「一戸蝋懸藤兵衛」という記録が残っている。

蝋燭を作ることを蝋懸(掛)というので、一七世紀半ばには一戸でこれを職業としていた人物がいたことがわかる。

盛岡藩の「御領分物産取調書」によれば、福岡通について「蝋 惣村より出/漆 惣村より出/蝋燭 福岡町一戸町」とあって、蝋と漆は二戸地方全域で、蝋燭は福岡町と一戸町で生産されていたことが記録に残っている。

続 く

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2018年11月 8日 (木)

蕎麦猪口にもいかが

会津の木地師が挽いてくれた器です。

本来は濁酒を吞むための器ですが、蕎麦猪口としても良さそうです。

できあがったら、ザルソバにこの器を使ってみようかと思います。

以前に海外に贈ったら、アイスクリームを盛りつける器に使っていました。

可能性は無限ですかね。

https://blogs.yahoo.co.jp/michinoku2005

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2018年11月 7日 (水)

鉄鉢椀の謎

鉄鉢椀というと、現在ではちょっと大きめの椀を指すことが多いような気がします。会津や川連と言った産地でも同じようです。

しかし、本来は高台の無い底が平べったい椀を鉄鉢椀と呼んでいたようです。

岩手の古椀に「正法寺椀」という名椀があります。奥州市水沢の正法寺という曹洞宗の大きなお寺のお椀なのですが、かつては東北地方の曹洞宗の中心寺院として発展したところです。

永平寺、総持寺と並んで曹洞宗の寺院として知られ、末寺の数は1200を数えた頃もあったそうです。

正法寺椀は黒漆塗りの椀で、名椀として有名です。本来の正法寺椀は正法寺に少しあるだけで、一般に出回ることは少ないようです。

なぜ鉄鉢椀と呼ぶのか解りませんが、僧侶が托鉢するときに使う鉄の鉢に似ているからだと骨董商から聞いたことがあります。

時々「正法寺椀」という名前で販売されている漆器を見かけます。産地は北陸の漆器店だけみたいです。

ぜひ岩手でも正法寺型の鉄鉢椀を作って欲しいです。

ちなみに、正法寺は「しょうぼうじ」と読みます。語感が浄法寺(じょうぼうじ)と似ていますよね。浄法寺で正法寺型の椀を復活したらややこしいですね。

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2018年11月 6日 (火)

ガラケー数機持ってるけど

ガラケーの話題

 au Design projectの新型ケータイ「INFOBAR xv」が2018年秋に発売されることで、フィーチャーフォン、いわゆる「ガラケー」が再び脚光を浴びつつある。そんなガラケーの専門店を展開する中古携帯事業者の携帯市場が、9月5日にガラケーについて語り合うイベントを開催した。


 熱烈なガラケーファンという3人のユーザーが集まり、INFOBARをはじめとしたガラケーの魅力を思い思いに語った。

 携帯市場代表の粟津浜一氏は「1996年からガラケーを使っているが、スマートフォンは思い入れが薄くなったと感じている。ガラケーは特殊なファンが多いので、そうした人たちに合ったガラケーが必要。日本にいる約3000万のガラケーユーザーに、少しでも長く使ってもらいたい」と冒頭でガラケー販売事業の意気込みを語った。

 参加者の中で最年少となる24歳の西尾さんは、小学校6年生から高校1年生までガラケーを使用。家族がauを契約していたので、西尾さんも必然的にauケータイを使うことになったが、当時は「デザインがそんなにカッコイイと思えるものがなかった」という。しかし、2003年に発売された初代「INFOBAR」を見て、「ショップで浮くほどデザイン性が圧倒的だった」と衝撃を受けたそうだ。西尾さんのお姉さんがINFOBARのNISHIKIGOIを使っていたこともあり、ガラケーへの憧れが増したそうだ。

 西尾さんの周りはiPhoneユーザーが大多数だが、「若い人ほどiPhoneを持つ理由がない」とみている。「iPhoneは操作が簡単なイメージがある。デザイン性もあり、若い世代ほど選択肢がiPhone買うというイメージになっている」(西尾さん)

 羽田さんは出版社に勤務していた2004年に、テレビ東京の「TVチャンピオン」に出演し、「ケータイ王選手権」で優勝を果たした経歴の持ち主。ある意味、日本で一番ガラケーに詳しい人物といっても過言ではない。そんなガラケーについて羽田さんは「通信という大きな産業で、スマホに移り変わるまでの過渡期にガラケーがあった。ガラケーがあったからスマホもiPhoneもある。産業として必要な過程だった」と語る。

 データ消去、復旧ソフトを手掛ける会社を経営している阿部さんは、初代INFOBARの他、Androidスマホとした開発された「INFOBAR A01」も所有していた。ただ、スマホだと「クラウド経由で飲みながらでも仕事ができてしまう」ため、スマホ疲れに陥ってしまった。そこで、機能をそぎ落としたガラケーに変えたいそうで、INFOBAR xvには注目をしているという。

 ガラケーの良さは「物理キーにある」と西尾さん。特にINFOBARはタイルキーが美しく、「日本人は好きなんじゃないかと思う」と評価。羽田さんは「ボタンを見なくても操作できる(タッチタイプできる)」のがガラケーのメリットだと言う。羽田さんは「日本のあり得ないぐらい多色、彩度の高いケータイがなくなった」と、スマホでは無難なカラバリが増えたことに寂しさを覚えたようだ。

 「スマホよりもガラケーの方がセキュリティ性能は高い」と阿部さんは評価する。阿部さんは仕事でスマホのデータ復旧をすることが多いが、昔のガラケーだと簡単には復旧できず、古い機種ほど削除したデータは復元しにくいそうだ。

 INFOBARの魅力について羽田さんは「初代INFOBARを持った人にとって、有名デザイナー(深澤直人氏)がデザインした製品を持つことは初体験だったのでは。今見るよりも、当時見たときの方がINFOBARは異彩を放っていたと思う。工業デザインの中でも異質だった」と話す。

 阿部さんは「デザインに尽きる」とシンプルな感想。2機種目のINFOBARとして購入したINFOBAR A01は、「おもちゃみたいな感じがかわいかった」ことが決め手になったそうだ。また、折りたたみ機構ゆえの「画面の割れにくさ」もガラケーの魅力に挙げた。

 そんな阿部さんは、今後ケータイに期待するトレンドとして「小型化」を望む。「若者といえど、スマホの大きさに煩わしいと思っている人は多いのでは。スマホをポケットに入れて座って割れてしまうことはある。画面が割れることは普通じゃないし、大きさも普通じゃない」(同)

 一方、羽田さんは「(部材がないなど)作りたくても作れないビジネス環境もある」との考え。「ヒンジメーカーは今や絶滅状態に近いのでは。ただ、周辺機器にガラケーイズムが残ると思う」(同)

 昔ながらのガラケーは減る一方だが、携帯市場では東京都神田にある本店(東京都千代田区神田須田町1-22-2 エム・ワイビル1F)をはじめ、複数のガラケー専門店を展開している。昔を懐かしむもよし、新たに購入するもよし、興味のある人はぜひ訪れてみてほしい

https://blogs.yahoo.co.jp/michinokumeet


2018年11月 5日 (月)

探求本

30年来の探求本がネットに出ていました。

たぶん図書館に行けば読むことはできるかと思います。

でも、浄法寺漆を研究する上ではそろえておきたい一冊です。

でも、以外に高額なんです。

小遣いがちょっと不足しています。

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https://blogs.yahoo.co.jp/michinoku2005

2018年11月 4日 (日)

高千穂伝説

今朝から内田康夫を読み返してます。

各地の伝説や風習を作品の中に登場させる手法が好きです。

彼の作品から知った伝説がたくさんあります。

ファンクラブにも入ってみたいと思った時期もありました。

サスペンスの浅見光彦シリーズも、それぞれの特徴ある俳優が演じていて好きです。

秋の夜長の読書も楽しいです。

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2018年11月 3日 (土)

御山ゴキ嫁ぐ

100年異錠前に作られた御山ゴキ。

ゴキは漢字で書くと御器です。

古文書などには五器とも書かれます。

塗もしっかりしていて、漆も良質の物を使っています。

その器が江戸に嫁ぎます。

大切に使って欲しいです。

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2018年11月 2日 (金)

アニマルズ

レコードを聴ける環境を再構築する予定です。

まずは片づけをしなければなりませんが、物が多すぎて捗りません。

断舎利すると、あとから後から物が出てきます。

まずは一休み。

アニマルズで寛いでます。

いろんな人がカバーしている名曲「朝日のあたる家」ですが、アニマルズの物がやっぱり良いですね。

聴ける空間ができたら遊びに来て下さい。

https://blogs.yahoo.co.jp/michinokumeet

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2018年11月 1日 (木)

竹輪と安酒

竹輪と椰子酒でほろ酔いです。

横綱の大鵬は、たらこ2kgを肴に二升を軽く呑んだそうです。

私は118円の竹輪とワンカップで幸せ気分。

だんだんに、発症前の記憶が蘇ってきました。

身辺を身軽にして、新しい企画を実現させたいです。

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木製漆塗りのスプーンセット

かゆ・カレー・シチューなどのスプーンです。

木製漆塗り5本セット。

2種類のスプーンはいかがでしょうか。

5セット用意できました。

ぜひお使い下さい。

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