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2019年1月31日 (木)

埋もれた二戸の歴史 昭和3年、御大典奉祝記念大会

神宮外苑に明治神宮競技場が竣工したのは1924年(大正13)のことであり、同年から内務省主催の「明治神宮競技大会」が開始されることになった。日本のスポーツ競技普及に大きな役割を果たし、戦後の国民体育大会の基になった大会でもある。

中等野球(現在の高校野球)も第1回から開催された。ただし、野球場が完成したのは1926年の第3回大会からで、それ以前は大学グラウンドなどを用いていた。基本的に夏の全国大会上位チームを招待することが多く、この方針は現在の国体に受け継がれている。

他の競技大会と同様、戦争の影響で1942年(昭和17)の第17回をもって大会は中止となった。年次によっては「明治神宮体育大会」、「明治神宮国民体育大会」、「明治神宮国民練成大会」とも呼称していた。

1928年(昭3年)には、御大典奉祝記念大会として開催されたが、この大会には、旧制福岡中学が選抜されて出場し、見事に準決勝に勝ち進んだのである。前年夏の大会には、初出場ながら、優勝した高松商業と大接戦を演じ、春の大会には、東北・北海道勢としては初めて選抜された強豪チームであった。

春の大会には、練習部不足のため出場を辞退したが、御大典奉祝記念大会にも選抜されて出場した。御大典奉祝記念大会は、昭和天皇陛下の即位を記念して開催された大会であったが、初戦で春の選抜大会優勝の関学中学に勝利したのであった。

準決勝は、名門和歌山中学と対戦。和歌山中学の小川投手と、福岡中学の戸来投手対戦は、屈指の人気を博し、東の戸来か、西の小川かと言われた。試合は、2対3で惜敗であった。

語り継ぎたい二戸の歴史です。

中等野球 選抜大会1928年(昭3年) [御大典奉祝]

1回戦

和歌山中 000 100 100=2
広陵中 000 010 000=1
【和】 小川―島本
【広】 八十川―小川

鹿児島商 000 000 000=0
松本商 100 000 01X=2
【鹿】 能勢―餅田
【松】 中島―百瀬

高松中 003 011 000=5
早稲田実 000 000 000=0
【高】 梶原―中村新、小舟
【早】 小林―佐伯

関西学院中 103 010 012=8
福岡中 250 020 00X=9
【関】 悳、加藤―浅井
【福】 戸来―村田

準決勝

福岡中 020 000 000=2
和歌山中 000 011 001=3
【福】 戸来―村田
【和】 小川―島本

高松中 301 100 000=5
松本商 001 020 010=4
【高】 梶原―中村新、小舟
【松】 中島、佐藤―百瀬

決勝

高松中 100 000 002 00=3
和歌山中 120 000 000 00=3
※延長11回、日没のため引き分け
【高】 梶原―中村新
【和】 小川―島本

高松中 320 002 003=10
和歌山中 000 000 000=0
※高松中(香川)が優勝
【高】 梶原―中村新
【和】 小川、土井―島本

※ 昭和天皇即位の御大典奉祝の為、明治神宮体育大会は行われず、
※ 特別に全国中等学校選抜野球大会が行われた。

※ 野球統制令以前の大会>御大典奉祝 全国中等学校選抜野球大会と重複

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