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2019年3月15日 (金)

漆掻きもむら

福岡の町で、金物屋をしている田中さんの先代が、越前から二十人くらいの漆掻き職人を連れてきて、漆掻きするようになったのは日露戦争の頃であった。越前から一ヶ月ぐらいかけて歩いてやって来た。当時二戸や三戸には300人ぐらいの職人がやってきたようだ。漆掻き用の道具は越前から取り寄せて使った。

 昭和10年頃になると、漆の木は著しく減少した。浄法寺や上斗米などでは植え付けて育成したが、衰退の一途だった。浄法寺には100人以上、上斗米村には50人ぐらいの職人がいた。

 藩政時代には、苗の育成から栽植、保護など山林行政のなかでも、重要な位置を占めていたことは、漆立ち奉行が置かれていたことでもわかる。

 漆の木は、業者が買い求めて掻き子の掻かせる場合と、掻き子が直接木を買い取って掻く場合がある。木の値段は「四十匁たれ」というのが標準になる。四十匁というのは、だいたい二十年の木から採取できる量である。

 漆掻きには、時期と方法によって区別があった。掻き取った漆は、たいていは大阪方面に売り捌いていたことが古い記録に残っている。

(参考文献 高橋九一 むらの生活


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https://youtu.be/Ta5xCugTVvY

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