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2019年9月13日 (金)

漆芸は日本発祥

 日本民藝館創設者の柳宗悦(1889-1961)は、高価で限られた人々 にのみ用いられる蒔絵よりも、実用を旨とし広く民間で用いられた漆工芸に 美しさを見出した。浄法寺の漆器にも魅了され、なかでも朱か黒かあるいは色漆を用いて直に模様を描 いた「漆 うるしえ 絵」は「蒔絵に比べて下の品だが、絵の自由さにおいて上をいく」 と高く評価し、吉祥文や草花文を活々と描いた椀や盆、酒器などを数多く蒐集している。

 秀衡椀という呼名は奥州平泉の藤原秀衡に因み後世つけられたものであり、産地等は詳らか になっていない。いずれも時代は桃山-江戸初期に上り、朱漆と切箔による 模様が特徴で豊かな形をもつ名椀と称賛されている。

 また、現在も生漆の産 地として知られる浄法寺で庶民向けに作られたのが、堅牢で自由な絵付けの浄法寺椀である。「漆絵」には、他にも東北地方で「酒上」と呼ばれた片口型の酒器や、神 前に酒を供えるための瓶子、黒地に朱漆で素朴な図柄を描いた盆、松竹梅や 鶴亀などの吉祥文様を描き嫁入り道具として用いた蓬莱箱などがあり、どの 模様も工芸的な魅力を呈している。

 この浄法寺ほかの漆器は北海道に渡りアイヌの人々を魅了した。アイヌは、交易によって得た漆器を宝物として大切に保管したことでも知られている。漆によって彩色された儀礼用の祭器である捧酒箸(イ クパスイ)は見事である。

 浄法寺の旧家の言い伝えで、屋号を「板木屋」といったことが伝わっている。板木は、もしかすると「イタンキ」から発生した屋号かもしれない。イタンキはアイヌが漆器を呼ぶ際に用いる言葉のようだ。神聖なものという意味もあるらしい。

 そういえば、世界でもっとも古い漆の遺跡は北海道から出土している。一般的には漆芸はチャイナ発祥を唱える人が多い。しかし、東北北海道の開発が進むに連れて考古学の常識が覆っている。漆芸は日本発祥でもおかしくない。縄文人が海の向こうに輸出した技術だと考えると楽しい。

https://airinjuku.jp/

Pasuy_urus

 

 

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