二戸地方

2019年8月21日 (水)

湧き水

自宅から徒歩10分で行ける湧き水。

周囲は鬱蒼とした杉木立です。

夏でも涼しい場所です。

名も知れぬ社があり、何となく神々しい雰囲気です。

冷たい湧き水を酌んで、おいしいお茶をいただきます。

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2019年8月15日 (木)

少しずつ変わる街並み

大正時代から時間が止まった街と瀬戸内寂聴尼が表現した街並みです。¥たぶん、江戸時代も基本的には同じような風景だったはずですね。

商業的には難しいかもしれませんが、カフェとか甘味処があればいい雰囲気かもですね。

アンティークショップや、手仕事の雑貨店なども。

「買い物にみんな盛岡や八戸に行く」とよく耳にします。

ですが、反対に魅力あるものを発信すれば「盛岡や八戸」からも来てもらえるんだと思います。

その方法はわかりませんし、答えもないんですよね。

何も変わっていないように見えながら、少しずつ変わっています。

手前の「けんぼ」に看板のある建物は取り壊されています。

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2019年8月10日 (土)

浄法寺城下を散歩

浄法寺城下を散歩しました。

川面がきれいでした。

釣り人も数人いて、美しい風景です。

50年前は、この時期には毎日川遊びです。

カジカを一日で100匹ほど捕らえる日もありました。

一匹30円ぐらいで買ってもらえました。

カジカの出汁で作った「ひっつみ」はとても美味しかったのを覚えています。

夏の思い出です。

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2019年8月 2日 (金)

宿坊

浄法寺漆器に重大な位置を占めると思われる天台寺。

その入り口とも言うべきなのが桂清水。

昭和40年代の荒れ放題だった姿を知っています。

その時から見れば、一見すると復興しているように見えます。

しかし、信仰まで復活したかどうかは疑問です。

宿坊が復活すれば面白いですね。

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2019年7月21日 (日)

無投票

本来であれば二戸市議選の投票日でした。

ですが、立候補者が定員と同じなので無投票です。

市としては無駄な出費をしないで済みますが、選挙にならないのも考え物です。

次回は選挙になってほしいと思います。

午前中は選挙運動をしていましたが、締め切り時点で定員ぴったりだったとの事です。

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2019年7月18日 (木)

真田太古事件

明治10年2月に西郷隆盛を中心として起こった反政府運動がいわゆる西南戦争です。
これに呼応して、明治10年5月に青森県三戸郡、岩手県二戸郡、秋田県鹿角郡の旧南部藩士たちも政府転覆計画を起こします。
これは三戸郡田子町の真田大古(泰幸、太古)を首謀者とする怪事件でした。
 
その計画を簡単に説明すると、5月17日に一派は青森分営を襲い兵器や弾薬を奪い、県庁を撃ち公金を奪う。
別の一派は鹿角地方の金山を襲い、七戸、五戸、三戸を扇動して福岡(二戸)を経て浄法寺に入り、
南部領内随一の豪農小田島勘治を説得(脅し)して資金を出させ、鹿角方面の一派と合流し盛岡に入り、
賛同者を募り仙台鎮台を破り、東京に入らんとするするものでした。

この計画は会輔社(二戸市)の社員・岩館迂太郎の密書により岩手県警察の知るところとなり、青森、秋田の三警察共同捜査により、
5月12日に首謀者が逮捕され未然に防がれたのでした。

この事件の檄文を書いたのが小田為綱です。
彼の明治11年日記によると、この事件の背後には西郷一派のはたらきかけがあったと見られます。

南部藩佐幕派の首領楢山佐渡の参謀であった那珂通高は、真田事件を事前に知っており,
福岡(二戸市)の会輔社代表小保内定身に明治10年2月1日付けで手紙を送り、反真田運動を奨めます。

この際、小保内定身は表だった動きを見せていませんが、同士とも言うべき岩館迂太郎が県に密書を送ったり、
会輔社の下斗米与八郎を実情調査のために鹿角方面に差し向けています。

また、西郷決起を聞いた際には「私の体を投げ打つには他人の勧誘は受けない。西郷が皇室に対して不忠の心があれば別だが、ただ政府内の意見が異なった為のものである。」といって、西郷討伐にはやる社員をなだめたと伝えています。

カシオペア歴史研究所

2019年7月16日 (火)

幕末の政治結社「会輔社」

幕末期の二戸地方に誕生した会輔社は、長州藩士との交流もあり、維新後には木戸孝允もやってきています。

その会輔社の中心人物が小保内定身です。

その小保内定身の足跡が紹介されている書籍を見つけました。

高校時代から、何となく調べてきましたが、電子書籍が無料で出版できる時代になったのでうれしいです。

後世に残す手段ができました。

そこまではよかったのですが、文章力が無いことと、資料が支離滅裂に整理していたので苦戦中です。

気長にやるしかないのですね。

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2019年7月 5日 (金)

南部忠臣蔵

二戸市福岡には南部信直公の葬儀を行ったと伝わる場所に曹洞宗のお寺、龍岩寺があります。

九戸政実が籠った九戸城下で、敵対した南部信直の葬儀が行われたのもなにかの因縁を感じます。

母校の校歌には、九戸政実と共に相馬大作が謳われています。

龍岩寺には下斗米秀之進将真(相馬大作)と、その門弟で同志の関良助の墓が残されています。

下斗米秀之進将真の先祖は、千葉氏の流れを汲む相馬氏の末裔で、将家の父である将達の代から六代以上に亘って、相馬氏の祖である平将門の「将」の字を通字として用いていました。

門弟の関良助は、鹿角生まれで本姓は小田島です。浄法寺の関家に養子に入りました。

南部家と津軽家の対立に端を発した「相馬大作事件」は、江戸の人々に「南部忠臣蔵」と言われ、人々の注目を集めました。

実は下斗米家と関家は、先祖を辿ると木地師につながるような資料もあるようです。

そういえば南部藩の御用木地師に関左衛門という人物がいました。

そんなことを調べながら、浄法寺の漆を考えています。

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Urushimi

2019年7月 3日 (水)

新しい発見

漆についての原稿を書き直しています。

資料は何回も読んだはずなのに、今回も新たな発見がありました。

これまでいかにいい加減に読んでいたかわかります。

鎌倉や群馬の藤岡市などにも調べたいことが出てきました。

費用が欲しいです。

小遣い貯まったら行ってみたいと思います。

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2019年6月 5日 (水)

ガンダーラから浄法寺

ガンダーラからみちのくへ!
仏像をたどって歩く番組で「天台寺」が出てきたことがありました。
美術的にも天台寺にある「聖観音立像」は重要なようです。

なぜ、このような仏像が東北の僻村に存在するのか!。年代的にも間違いなく平安中期以前の作と判定されています。

謎が謎をよぶ天台寺です。
他にあるんでしょうか?。宗派そのものを名乗る寺院というモノは?。

真言宗の真言寺、曹洞宗の曹洞寺など、聞いたことがありません。
その辺に、天台寺を知るヒントがあるのかも知れません。

一説には朝鮮半島や奈良京都を経由せずに、直接伝来したとの珍説も観たことがあります。

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