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蕎麦

2018年12月 3日 (月)

かまわん はいれ

江戸の蕎麦屋で見られた判事絵。

鎌と椀が書かれています。

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だそうです。

座布団3枚ですね。

https://blogs.yahoo.co.jp/michinoku2005

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2018年12月 2日 (日)

小林一茶と蕎麦

 俳人として知られる小林一茶の故郷は、信濃国水内郡柏原村で、黒姫山の麓の雪深い里である。

この地域は、良質のソバが生産されることでも有名で、十五才で江戸の奉公に出るまでの一茶は、秋にはあたり一面に咲く白いソバ畑を見て育ったと思われる。

 50歳を過ぎてから故郷に戻り、1829年に65歳の生涯を終えている。

蕎麦を詠んだ句も残されている。

○「そば所と人はいふ也赤蜻蛉」

 文化4年(1807)の句である。

 蕎麦の花が咲きだすと実に多くの虫たちが飛来する。白い花々にはどの昆虫も似合っているが、なかでも白い花の高見に留まり、ときに低空に飛ぶ赤とんぼとの風景は格別である。

https://blogs.yahoo.co.jp/michinoku2005

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2018年11月29日 (木)

湯桶の謎

蕎麦湯を入れる湯桶は、蕎麦屋になくてはならない道具の一つである。

塗り物(本物かどうかは別にして)と陶器(土瓶)に大別されるが、陶器が普及するのは大正から昭和にかけての頃で、本来湯桶というのは塗り物だったという。

つまり土瓶は代用品だったわけだ。

外側は朱色か黒塗りだが、内側は朱塗りが一般的である。

塗り物の湯桶には円形の丸湯桶と角型の角湯桶とがある。

好みにもよるだろうが、色合いも温かく映える塗り物の湯桶から注いで飲む蕎麦湯の味は格別、という人も少なくない。

そばを食べ始めた後に蕎麦湯を飲む習慣が江戸で広まり始めたのは、寛延(1748~51)頃の江戸時代中期以降とされるが、蕎麦屋が蕎麦湯いれとして湯桶を使い始めた年代ははっきりしていない。

蕎麦湯を飲むことについては書かれていても、蕎麦湯をどんな容器に入れて出したかについて記した資料は無いようである。

幕末の頃の風俗の記録である「守貞謾稿」を見ても、蕎麦屋のもりそば1式の道具として蒸籠、猪口。だし汁入れ、箸、薬味皿、盆と図入りで説明しているものの、どうしたことか湯桶と蕎麦湯については全く触れられていない。

道具類に関して、かなり細かく描写している同書がなぜ湯桶を取り上げなかったのか。

ちょっと解せないところではある。

湯桶はもともと上流階級の婦人が化粧用の湯次として用いていたもので、江戸時代には酒器にも使われていたという。

また茶懐石では最後に一口残しておいた飯椀のご飯を、香の物で湯漬けにするか。

このとき焦がし湯を入れて持ち出すのにも湯桶が転用されている。

いずれにしろ湯桶は、本来蕎麦湯専用の容器ではなかったようで、問題はいつ頃から蕎麦屋で転用されるようになったかである。

ところで、江戸時代までの湯桶は曲げ物、つまり丸型で、角湯桶が登場したのは明治になってからともいわれるが、以降は角型の湯桶が代表的な形になった。

この角湯桶はよく知られるように、口が正面についてなく、横のほうに突き出た格好になっている。

そこから、人が話しをしている最中に口出しすることを「蕎麦屋の湯桶」と呼ぶようになったという。

この諺が広まりだしたのは角湯桶が普及した明治以降のことということになる。

ちなみに湯桶を「ゆとう」と読む類いを「湯桶読み」という。

漢字二字で出来ている熟語の上の字を訓で読み、下の字を音で読むことである。

普通の熟語は音読み、訓読みだけで統一して読むものだが、湯桶の場合は「とうとう」とも「ゆおけ」とも読まない。

反対に上を訓読み、下を音読みする場合は「重箱読み」という。

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https://blogs.yahoo.co.jp/michinoku2005

2018年8月31日 (金)

ソ連の本

ソ連と言っても言ってもソビエト連邦ではありません。

蕎麦の蘊蓄本です。

何度も読み返しています。

蕎麦屋巡りが楽しくなりますね。

蕎麦と天ぷらで一杯やりたいですね。

https://youtu.be/KExrmtf--So

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2018年8月26日 (日)

かくしめ食道

今でも思い出すのが「かくしめ食道」です。

廃業してから10年ぐらいですかね。

ここで古式浄法寺椀を使って頂いてました。

使っていた椀はどうなったのでしょうか。

すこし興味があります。

https://youtu.be/V9zqj0afZHc

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2018年8月 8日 (水)

杉浦日向子さんと蕎麦椀

「遊びと仕事は夫婦みてぇなもん」と言い切る江戸の人々。

カラッとしていて楽天的、日々を楽しむことに情熱を傾けて生きる彼らこそ、遊び友達に最適ですね。

いかした相棒・江戸人と、春画や相撲を観戦して、食事してお酒飲んで、たまには異性をひやかしたりしながら、江戸時代にタイムスリップ。

庶民から大道芸人、はたまた奇人変人など、江戸の街のキャストをおもしろおかしく紹介した江戸の「入門編」は、杉浦日向子さんの名著です。

『コメディーお江戸でござる』(NHK総合テレビ)では江戸の歴史、風習についての解説コーナーを担当していました。

毎回観ていて楽しみにしていましたが、2004年春に番組がリニューアルしたのを期に、作家の石川英輔に解説役をバトンタッチしました。

2005年7月22日、下咽頭癌のため死去したようですが、そのことを知ったのは数年後のことです。

当時は、解説を降板した理由として「念願だった豪華客船で世界一周の旅をする」と称していたが、実は闘病していたのです。

蕎麦通としても知られ、浄法寺の漆器にも興味を持ち、二戸駅前の名店「かくしめ食堂」で使っていた椀を贈った事があります。

密かに杉浦日向子の人気が再燃しているようです。


https://youtu.be/nLOWcmtcVRU

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2018年8月 3日 (金)

てうち


「てうち」という言葉を辞書で引きますと「そば・うどんなどを機械にかけずに手で打って作ること」と書いてあります。そんなの当りまえ常識だよと言ってしまえば確かにそうなのですが、言葉というものは時代とともに意味が変わっていくものです。

そばを打つのに使う製麺機は明治時代に発明されました。ですから製麺機発明以前に手打そばというものがあったとしたら「機械にかけずに手で打って作ること」は意味がないことにならないでしょうか?だってそもそも機械が無いのですから、すべてのそばが手打ちということになり、わざわざ手打ちという意味が無いですよね。

じつは、「手打ち」という言葉は製麺機が発明される何百年も前からあったのです。

■ 江戸時代に手打ちという言葉が何を意味していたのか?

江戸時代に「手打ち」という言葉が何を意味していたのでしょうか。江戸時代の言葉ですから、江戸時代の言葉を解説した辞書を見るべきと思い、『江戸語辞典』(東京堂出版)を見てみました。すると・・
 [手打蕎麦]
 手を下して作った蕎麦

とありました。江戸時代ですから、さすがに機械がどうのこうのという説明はありませんね。しかし、手を下すって誰が?手を下すってどういうこと?と疑問がわきませんか。

■ お手討ちそば?

『蕎麦と江戸文化』(笠井俊弥)という本には「手打ち」の語源として手討ち説をあげています。

手討ちというのは、殿様が、「無礼者じゃ、切り捨てぃ!」と家来に命じるのではなくて、「無礼者そこへなおれ!」と自分で刀を抜いてみずから手を下すことです。

そこから、お侍さんが刀ならぬ包丁を持って、みずから蕎麦を打つことを、しゃれで手打ち蕎麦といったようです。

江戸時代の川柳で「手打ちそば下女前垂れを借りられる」というのがあります。おさむらいさんが、いまから蕎麦を打つからといって下女の前垂れ(エプロン)を持って行ってしまったといった、というような様子を詠んだものなのでしょうね。落語の『そばの殿様』みたいなことは本当にあったようです。

今でいえばサラリーマンが趣味でそば打ちをするようなものですが、武士の趣味であるがゆえに手打ちという言葉には高尚な雰囲気がありました。「手打ち」を看板にするそば屋も現れますが、これには、ウチのそばは屋台なんかの二八そばとは違う高尚なそばなんだよ、っていう差別化戦略があったようです。

ちなみに、現代では「手打ち」の反対語は「機械打ち」ですが、江戸時代には「手打ち」の反対語は「二八」でした。

参考資料 : 
蕎麦の事典(新島繁著 柴田書店) 
蕎麦と江戸文化(笠井俊彌著 雄山閣出版)
江戸語辞典(東京堂出版)


https://youtu.be/F24AvHWnpmY


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2018年7月24日 (火)

そば処 こずや

国道4号線の小鳥谷にある「そば処 こずや」。

ここにある小さな食堂。

密かにここのファンです。

麺が美味いですよ。

価格もうれしいです。

思えば、婆ちゃんが作った蕎麦が一番うまかったかもしれません。

https://youtu.be/V9zqj0afZHc

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2018年7月23日 (月)

祖母が好きだった味

子供の頃に祖母から連れて行ってもらった蕎麦店。

一戸駅前の奈良屋です。

そこで食べた蕎麦が美味かったです。

鉄道のまち一戸を見つめてきた食堂「奈良屋」。

時代を感じさせるこの風情があります。

知る人ぞ知る絶妙な配合の二八そばと紹介されています。

一戸で初めて味噌ラーメンを出した店だそうです。

手羽先ラーメンなるものもあるらしい。


https://youtu.be/V9zqj0afZHc

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2018年6月13日 (水)

味噌たれ

江戸初期は、蕎麦は味噌たれでだべられていたようです。

岩手の田舎でも、昭和40年代初期は味噌で食べる風景が残っていました。

先日、母親から聞いて作ってみたら、以外に美味かったです。

地元の新メニューにできそうです。

器は、当然浄法寺漆器です。

https://youtu.be/jfIsX3e9YcE

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